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大地の芸術祭で気付いたことは、アートにおけるリアルとフェイクの問題。

レアンドロ・エルリッヒ 「Palimpsest: 空の池」

2018年に日本で開かれた美術展覧会の入場者数は、懐古的なルーヴル美術館展や、ゴッホ展、印象派展を抜き、森美術館の「レアンドロ・エルリッヒ展」が1位で61万人。そして、2019年の入場者数は、1位の「恐竜博」に次いで、森美術館の「塩田千春展」が2位で67万人(複数会場の展覧会は別集計のため、合計では「クリムト展」が1位)。現代美術が、それだけの人を集めるのはすばらしいことですが、実際に2つの展覧会で感じたのは物足りなさ。作品というより、展示する場所が大きな要因。アートにおけるリアルとフェイクの関係を考えさせられました。

大地の芸術祭に、エルリッヒさんの作品が初登場したのは2006年。十日町中心街の外れにある神社の境内に、地面に置いた建物の外壁と、それを映す鏡の作品「妻有の家」をつくりました。地面の外壁に上がり、鏡を見ると、自分が外壁にぶら下がって見える作品。友人20人と訪れましたが、皆、童心に帰ったように遊び回ります。妻有のふつうの民家っぽいフェイクの外壁も、リアルな町の風景と地続きだからこそ、リアリティーを感じますが、森美術館の展示は、実際の場所とのつながりが欠落した味気ない展示室のため、フェイク感が際立っていました。

大地の芸術祭の十日町の拠点「キナーレ」。原広司さんの設計した建物中央の巨大な水面に、ビッグアーティストがインスタレーションを設置した時期もありましたが、大きな空間を利用した以上の場所との親和性はありませんでした。それを払拭したのが2018年のエルリッヒさんの「Palimpsest: 空の池」。池の底に、水に映った建物の虚像をタイルでつくり、ある1点から見ると、水面に映る実際のリアルな虚像と、タイルのフェイクな虚像が重なり、その1点を外れると、リアルな虚像とフェイクな虚像がずれて行く仕掛け。巨大な水面の効果を最大限に活かし、ここに来るべき作品はこれだったと納得しました。実際のリアルな場所と結びついたからこそ、フェイクがリアリティーを獲得した作品。

そして、2024年。原倫太郎さんと原游さんが、そのタイルの虚像に合わせて、水上に迷路の作品「阿弥陀渡り」をつくりました。水に映る建物の実際の虚像の、池の底のタイルに焼き付けたエルリッヒさんの虚像の、さらに虚像。そして、日が差すと、迷路の影という虚像も加わります。リアルな場でフェイクが、何重にも実現され、確かにここで行われるべきインスタレーション。エルリッヒさんは喜んでいるか、それとも、やられたと思っているか?

塩田千春さんの「家の記憶」も、リアルな場所との関係を実感させた作品。空き家に、黒い毛糸を張り巡らせ、そこに、集落で集めたさまざまな物をインスタレーション。この場所で暮らしていた人の気配や農家の養蚕の歴史から、十日町の地場産業である繊維業まで、場所の記憶を、アートが顕在化していました。そういう場所の記憶のない森美術館の展示室のインスタレーションが、背後の存在を感じさせなかったのと対照的。リアルな場が、アートに与える力を示しています。

未見ですが、友人のアーティストたちによれば、2022年の愛知トリエンナーレで、一宮の紡績工場に設置した塩田さんの作品の完成度は、「家の記憶」以上だったそうです。

「家の記憶」の管理に関わった友人の話では、とにかく、虫がすごく発生する作品とのことですが、それもまた、美術館にはない場所のリアリティー。

2006  レアンドロ・エルリッヒ 「妻有の家」 (現存せず) 
大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2006での作品。十日町中心街のはずれに、地面に水平に寝かされた、近所にありそうな民家の外壁と、斜めに立ち上がる鏡を設置。鏡に映った外壁は、実際の街中に外壁が立ち上がるように見え、来訪者が、地面の外壁の上で、いろいろなポーズを取ると、鏡に映る姿は、外壁を登ったり、外壁にぶら下がっているように見える仕組み。
日本語ウェブサイト 

 
 
 
 
 

2004/2017  レアンドロ・エルリッヒ 「建物」(森美術館での公開は終了) 
2017年に、東京の六本木の森美術館で開かれた展覧会「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」での展示風景。美術館の展示室床面に建物が置かれ、斜めの鏡が立ち上がっている。
日本語ウェブサイト

 
 

2018  レアンドロ・エルリッヒ 「Palimpsest: 空の池」(公開中) 
大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018での作品。キナーレの池の底に、水に映った建物の虚像をタイルに焼き付けて設置。2階のある1点から見ると、水に映った実際の虚像と、タイルの虚像が一致。それ以外の場所から見ると、ずれが生まれる。池の底のタイルの虚像には、実像の表面のちょっとしたムラまで再現されている。ただし、実際の空の雲と、池のタイルの虚像の雲だけは、つねに異なる。冬、雪が積もると、実際の虚像もタイルの虚像も消える。
日本語ウェブサイト

  
 
 
 
 
 
  
  

2024  原倫太郎+原游 「阿弥陀渡り」(2024年の会期中公開) 
越後妻有アートトリエンナーレ2024のメイン会場の一つ、キナーレで行われた「モネ船長と87日間の四角い冒険」の作品の一つ。実際の風景の、水に映る虚像に基づいて、池の底にタイルによる虚像が設置されているが、その上に、2024年、タイルによる虚像に合わせた水上の迷路の虚像をもう一つ重ねた。晴れた日には、そこに影の虚像も加わる。
日本語ウェブサイト

  
  
  

2018  レアンドロ・エルリッヒ 「Lost Winter」(公開中) 
廃校した小学校を宿泊施設にした松之山の三省ハウス室内につくられた作品。春間近の雪に覆われた中庭を覗くと、正面と左右の3つの窓に、こちらの窓から見ている自分が映る。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/bQFQeBgiWxtDLXyh8

  

2009  塩田千春 「家の記憶」(冬を除き公開中) 
松之山の下鰕池集落の古い民家の室内に、黒い毛糸を張り巡らせ、そこに、集落で集めたさまざまな物をインスタレーション。この場所で暮らしていた人の気配や農家の養蚕の歴史から、十日町の地場産業である繊維業まで、場所の記憶を、アートが顕在化する。
日本語ウェブサイト

 
 
 

2019  塩田千春 「魂がふるえる」(森美術館での公開は終了) 
2019年に、東京の六本木の森美術館で開かれた展覧会「塩田千春:魂がふるえる」での展示風景。
日本語ウェブサイト

 
 

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参考文献
"越後妻有アートネックレス整備事業計画書"(アートフロントギャラリー,1999)
"大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000"(越後妻有大地の芸術祭実行委員会,2000)
"大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000"(越後妻有大地の芸術祭実行委員会,2001)
"大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2003 ガイドブック"(大地の芸術祭・花の道実行委員会東京事務局,2003)
"越後妻有アートトリエンナーレ2006 大地の芸術祭ガイドブックー美術手帖2006年7月号増刊"(美術出版社,2006)
"公式ガイドブック 大地の芸術祭アートをめぐる旅ガイドー美術手帖2009年8月号増刊"(美術出版社,2009)
"現代美術がムラを変えた 大地の芸術祭"(北川フラム,角川学芸出版,2010)
"美術は地域をひらく 大地の芸術祭10の思想"(北川フラム,現代企画,2014)
"公式ガイドブック 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015"(現代企画室,2015)
"大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018 公式ガイドブック"(現代企画室,2018)
"大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2022 公式ガイドブック"(現代企画室,2022)
"大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2024 公式ガイドブック"(現代企画室,2024)
大地の芸術祭ウェブサイト
Echigo Tsumari Art Field Website
森美術館ウェブサイト
Mori Art Museum Website
美術手帖ウェブ版
Wikipedia

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