芸術祭も、同じ地で24年間続くと、見えて来るのが時間。作品の中にさまざまな時間軸が現れます。
長い期間続く芸術祭でなくとも、歴史ある地でつくる作品に共通するのが、その地の長い時間や作品の場となる家や建物の記憶。古い文化や景観の残る妻有での大地の芸術祭でも、そういう作品が多く生まれた中、忘れ難いのが、2003年の長澤伸穂さんの「透けてみえる眼」。古い民家の室内に二重にシートを貼った回り灯籠を置き、灯籠ごとに、集落に暮らす1家族の数世代の肖像写真をシートに印刷しました。二重のシートが、別々に回転し、異なる世代の顔や眼が重なって溶け合うと、過去から現在までという時間の上で、連綿と引き継がれ、未来へ続くであろう家族の姿が浮かびました。
何百年も続いて来た地区の時間が、高齢化や人口減少で切断されかねない中、地区に伝わる文化や文物のアーカイブをアートとしてつくり、未来へつなぐ方法を模索する作品も増えました。ローカルな時間とは対照的に、抽象的な時間そのものをアートとして可視化した作品もあります。
アートのコンセプトや背後にある社会の変化、そして、アーティストの盛衰が見えて来るのも、24年という芸術祭の時間。四半世紀にわたり、作品を発表し続けたアーティストもおり、アーティスト個人の時間的変遷も辿れます。
その一人が、クリスチャン・ボルタンスキーさん。2000年の第1作は、川にロープを渡し、地域住民から集めたたくさんの古着を吊るした作品「リネン」。風に古着が舞う様が、かつてこの地で暮らし、今は不在となった人々の存在を思い起こさせる、シンプルだが心に残る作品でした。住民との交流に消極的だったアーティストが、制作を手伝う住民との関係を通して、少しずつ変わって行った話もあり、アートは、本人にも働き掛けるものでした。
2003年のボルタンスキーさんとジャン・カルマンさんの共同制作が「夏の旅」。これまでの大地の芸術祭の中で、もっとも記憶に残る作品で、廃校となった小学校全体を使った扇風機や花のインスタレーションから、ここを通り過ぎて行ったたくさんの人々の夏の気配が立ち上がり、彼の力量に感服しました。その後、ここは、ジャン・カルマンさんとの共同制作でザ・ボルタンスキーとでも言うべき、恒久作品「最後の教室」となりました。空虚な国立新美術館での「ボルタンスキー展」は、想像していたよりは、彼の不在感と相性がよかったのですが、やはり、廃校という場の力には敵わない。
2012年の「No Man's Land」は、膨大な古着をクレーンが掴み、落とし続ける作品で、東日本大震災後の不在感とシンクロ。見ていて重苦しくなりましたが、一緒に回った小学生2人が、かっこいいと喜んでいるのを見て、物の見方は多面的であり、それが希望かもしれないと感じました。
他の作品を含めて、不在というテーマの背後に、つねに時間が揺れ動く彼の作品が、2021年の死まで、21年間という時間の上で、どう変遷したかを辿れるのも、長い時間、同じ地を舞台に作品をつくり続けた故。アーティストの時間観と芸術祭の時間経過という、2つの時間軸が交差していました。
イリヤ&エミリア・カバコフさんも、海外ではパーマネントの作品がそれほど残ってないように見えますが、妻有では、第1回からイリヤさんの亡くなる2023年まで、パーマネントの作品が繰り返し発表されて来ました。
美術館の展示室とは違い、変化する実際の環境に、長い年月晒すと、作品の上に、物理的な時間が堆積し、変容します。
2006年の古郡弘さんの作品「胞衣―みしゃぐち」。土を掘削して大きな中庭に砂利を敷き、土壁には屋根を架け渡し、胎内のような空間が現れていました。できたての空間は、どこかスピリチュアルで、好みではなく、2009年の再訪時も、印象は同じでしたが、それを覆したのが、久しぶりに訪れた2018年のこと。屋根はほとんど朽ち果て、木や草が勝手に繁茂し、半分、自然に戻りながら、自然がつくり得ないランドスケープが出現していました。12年という時間を掛けて生まれた、アーティストと自然のコラボレーションの空間。この作品は、空間ではなく時間がテーマで、古郡さんは遺跡を構想していたのでしょうか。この先、数十年の転変を見届けたくなりました。
時間 古い文化や景観の残る妻有の長い時間・作品の場となる家の記憶
2003 長澤伸穂 「透けてみえる眼」(現存せず)
十日町の南鐙坂集落の民家に設置された作品。暗くした室内に二重にシートを貼った回り灯籠を置き、灯籠ごとに、1家族の数世代の肖像写真を印刷した。二重のシートが、別々に回転し、異なる世代の顔や眼が重なって溶け合うと、過去から未来へという時間の中、連綿と引き継がれて来た家族の姿が浮かび上がる。
日本語ウェブサイト
2006 鞍掛純一+日本大学藝術学部彫刻コース有志 「脱皮する家」(冬を除き公開中)
松代の峠集落の古い民家の室内の柱、梁、床、天井板のすべてを掘り込んだ作品。その作業により、この民家の長い時間が蓄積した表面と、その下に隠されていた建設時の木材のみずみずしい色という、2つの時間が、同時に出現することとなった。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/gcr2UXAVnxAaFYYq5
2012 マーリア・ヴィルッカラ 「ブランコの家」(冬を除き公開中)
この空き家に住んでいた3姉妹の話をもとに、室内でいくつものブランコが揺れ、ミシンが動き、かつて、ここに住んでいた人々の不在を喚起させる。ブランコの上に置かれた水の入ったガラスのコップは、アーティストの父である有名なプロダクトデザイナー、タピオ・ヴィルッカラがデザインしたもの。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/icTBaZhCdtmrmE3z6
2015 アネット・メサジェ 「つんねの家のスペクトル」(冬を除き公開中)
松代の田之倉集落の築150年の民家を利用したインスタレーション。はさみ、包丁などは、住民やボランティアのつくったぬいぐるみを吊るし、この家や集落の記憶を呼び起こす。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/BJanz8TBmPe5oGYS8
2015 イ・ブル 「ドクターズ・ハウス」(冬を除き公開中)
松代の蒲生集落で診療所を開業していた家の中に、ミラーシートで室内風景が反復する時間の井戸をつくり、そこに残された医療器具をインスタレーションした。かつての診療所や家の気配が立ち上がる。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/icTBaZhCdtmrmE3z6
2022 中﨑透 「新しい座椅子で過ごす日々にむけてのいくつかの覚書」(公開終了)
十日町の新座集落にある豪邸を舞台に、長年使い、具合の悪くなったアーティストの座椅子に変わる新しい座椅子(新座)を手に入れる話と、家の持ち主が収集したさまざまな日用品から、かつての家の記憶や気配を立ち上がらせるインスタレーションが交差する。
日本語ウェブサイト
時間 地区に伝わる文化や文物のアーカイブ
2018・2024 力五山ー加藤力・渡辺五大・山崎真一ー 「時の回廊 十日町高倉博物館」(2024年の会期中公開)
十日町の高倉集落のかつての体育館と、そこに保管されて来た集落の民具や農具を使って、集落のアーカイブをつくり、集落の歴史、記憶を伝える。集落の住民に、彼らの集落での生活の歴史をインタビューし、その話を元に書いた絵を、体育館の外壁に掲げ、また、インタビューの映像を室内の奥のスペースで流す。そうやって、住民の暮らしとアーティストの作品がつながって行く様子が魅力的。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/ELgzjAcHmS1VaC1x5
2024 深澤孝史ほか 「アケヤマ -秋山郷立大赤沢小学校-」
2021年に廃校になった大赤沢小学校を、秋山郷の民俗や信仰を学び、継承し、それを元に制作した作品を展示する場に改修。ここをベースに、さまざまなアーティスト、研究者が活動を行なって行く。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/c4LDHdtRFKjFucoJ9
2006 倉谷拓朴 「名ヶ山写真館 遺影~彼岸に還る~」(公開終了)
十日町の名ヶ山集落の築100年の民家に、かつての住民たちの写真をインスタレーションし、そして、遺影写真とは、現在の自分を確認する作業と考えるアーティストにより、その中に設けられたスタジオで、来訪者の遺影写真が撮影され、展示された。改修設計は、山本想太郎設計アトリエによる。
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時間 抽象的な時間そのものをアートとして可視化
2003 牛島達治 「くむ・めぐる・いとなむ」(現存せず)
MVRDVの設計したまつだい雪国農耕文化村センター「農舞台」の黄緑色の部屋が、ミュージアムショップとなった。写真をよく見ると、台が宙に浮いているが、天井からワイヤーで吊るされた20個の台に商品が乗り、それが、天井の機構により、ゆっくりと店内を回遊、循環する。単純な循環、単純な時間の繰り返しではなく、それぞれの台が、他の台の影響を受けて、移動経路が決定されるという、微細な非再現性のある時間の繰り返し。再現性と非再現性の中にある時間の存在を、商業的な装置の中に潜り込ませたという、かなり画期的な売り場だったので、改修で展示スペースに変わり、撤去されたのが残念。
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時間 アーティスト個人の時間的変遷:クリスチャン・ボルタンスキー
2000 クリスチャン・ボルタンスキー 「リネン」(現存せず)
中里の芋川地区に流れる清津川の上に、72本のワイヤーを掛け渡し、地域住民および全国から集めたたくさんの白い古着を吊るした。風に古着が舞う様が、かつてこの地で暮らし、今は不在となった人々の存在を思い起こさせる。
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2003 クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン 「夏の旅」(現存せず)
松之山の廃校となった東川小学校の校舎全体を利用した作品。ただ回り続け、カーテンを揺らす扇風機、机の上に置かれたままの花、埃除けの布が被された什器などがつくり出す静けさが、ここを通り過ぎて行ったたくさんの人々の夏の気配だけでなく、自分自身の子供の頃の、もう戻れない失われた夏の記憶を呼び起こした。これまでの大地の芸術祭の作品の中で、もっともすばらしい作品の一つであり、不在を暗い作品で表現し続けて来たボルタンスキーのそれまでの作品から想像もしなかったような、不在の先にある再生、新生を感じさせた。
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2006 クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン 「最後の教室」(公開中)
松之山の廃校となった東川小学校の校舎全体を利用した作品。同じ場所でつくられ、展示空間全体が、明るい光にあふれていた2003年の作品とは対照的に、暗く閉ざされた室内ですべての作品が展開される。エントランスとなる旧体育館では、電球のかすかな灯りの中、たくさんの扇風機が送る風を感じ、床に敷かれたわらから漂う匂いが鼻に入る。続く体育館と校舎を結ぶ渡り廊下で、点滅する強烈な光、ただ回り続ける換気扇、心臓の鼓動音の中を前に進み、2階に上がると、たくさんの黒い絵の掛けられた教室が現れ、さらにその先の教室では、白いカーテン、白い布の間に置かれた棺桶のようなアクリルケースの中で、蛍光灯が光を発している。かつて、この地で暮らしていた人々の記憶、そして不在が、鑑賞者の五感を通して、力強く迫って来る作品。改修設計は、プロスペクター(今村創平/アトリエ・イマム)による。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/NRNFCvwAsNo3k9NK9
2012 クリスチャン・ボルタンスキー 「No Man's Land」(現存せず)
十日町のキナーレの中庭に、16トンの古着の山をつくり、それを巨大なクレーンが掴み、落とし続ける作品。東日本大震災後の不在感とシンクロする作品だった。
日本語ウェブサイト
2018 クリスチャン・ボルタンスキー 「影の劇場 ~愉快なゆうれい達~」(公開中)
松之山の廃校となった東川小学校の1室に設置された作品。生と死の境界にいる骸骨、コウモリ、天使などの影が、壁の上で動き、生と死の存在を連想させる。
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2022 クリスチャン・ボルタンスキー 「森の精」(現存せず)
松之山の森の中に、日本人の男女20人の両眼を写した写真を設置。写真は、網状の布に印刷されたため、森とも重なって行く。
日本語ウェブサイト
時間 アーティスト個人の時間的変遷:イリヤ&エミリア・カバコフ
2000 イリヤ&エミリア・カバコフ 「棚田」(冬を除き公開中)
松代のフィールドミュージアムに設置された作品。稲作の様子を読んだ詩をワイヤーで宙に描き、川を挟んだ松代城山の棚田には、稲作の作業を象った彫刻を設置。まつだい農舞台のテラスから見ると、詩と彫刻が融合し、一つの作品となる。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/mbngKXbGSZnyJ8yw8
2015 イリヤ&エミリア・カバコフ 「人生のアーチ」(冬を除き公開中)
松代のフィールドムージアムに設置された作品。アーチの上に、誕生から老年期までを表した5つの像が設置され、人生のさまざまな段階を表現しようとしている。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/NHBXKToJt4Xy77TY9
2021 イリヤ&エミリア・カバコフ 「16本のロープ」(公開中)
MonETに設置された作品。16本のロープから、100個の小さなゴミが吊り下げられ、そこにメモが添えられている。メモに書かれている言葉は、人々がふだんの生活でなにげなく交わす会話で、ふつうの人々の生に対する共感にあふれている。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/7QmGo37u7JTsVSwGA
2021 イリヤ&エミリア・カバコフ 「手をたずさえる塔」(冬を除き公開中)
コロナウイルスの拡がり始めた2020年に、カバコフの提案から始まった「人々のつながりを表すモニュメント」。内部には、絵画や、世界中の子どもたちの絵を組み合わせて帆をつくり、船上で子供たちが文化や思想を学んだプロジェクト、「手をたずさえる船」の模型が展示されている。建物の設計は、利光収さんと田尾玄秀さんによる。
日本語ウェブサイト(手をたずさえる塔)
日本語ウェブサイト(手をたずさえる船)
https://maps.app.goo.gl/viW2n1N9ye6wr7u59
2021 イリヤ&エミリア・カバコフ 「プロジェクト宮殿」(公開中)
カバコフの想像力の豊かな広がりを伝える、旧ソ連に住む架空の人々が主人公のプロジェクトを展示。その奥には、カバコフに関する書籍を展示し、鑑賞できる「アーティストの図書館」、隣室には、「プロジェクト宮殿」の一つを実現した「自分をより良くする方法」、そして、10人の夢想家が主人公の物語のドローイングを並べた「10のアルバム 迷宮」もある。カバコフの豊かな想像力と絵のうまさに触れることができる。展示空間の改修設計は、利光収さんによる。
日本語ウェブサイト(プロジェクト宮殿)
日本語ウェブサイト(アーティストの図書館)
日本語ウェブサイト(自分をより良くする方法)
日本語ウェブサイト(10のアルバム 迷宮)
https://maps.app.goo.gl/J7SjQJki3Es9SSsKA
2024 イリヤ・カバコフ 「知られざるカバコフ–生きのびるためのアート」(2024年の会期中公開)
1950年代の卒業制作から晩年までのカバコフのドローイングで、カバコフの創作の軌跡を辿る。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/7QmGo37u7JTsVSwGA
時間 作品の上に堆積する物理的な時間
時間 アーティスト個人の時間的変遷:古郡弘
2006 古郡弘 「胞衣―みしゃぐち」(冬を除き公開中)
十日町の数軒しか暮らしていない願入集落の外れの斜面につくられた作品。胞衣(えな)とは、胎盤を意味し、土を掘削し、おそらく、その掘削した土を積み上げ、固めて生まれたのは、囲われ、守られたような空間で、完成時には、屋根が架かり、聖的な雰囲気も強く漂っていた。作品設計は、柗井正澄さんによる。
日本語ウェブサイト
https://maps.app.goo.gl/urCbif4w7igh1KoQ6
2000 古郡弘 「無戸室」(現存せず)
川西の千手神社の境内につくられた作品。千手神社の祭神、木花開屋姫命が、戸の無い産屋「無戸室(うつむろ)」に入り、炎の中で3人の皇子を生んだ伝説に基づいている。
日本語ウェブサイト
2003 古郡弘 「盆景―II」(現存せず)
十日町の下条集落につくられた作品。棚田から感じた気配を、この場所に定着させようとした。
日本語ウェブサイト
参考文献
"越後妻有アートネックレス整備事業計画書"(アートフロントギャラリー,1999)
"大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000"(越後妻有大地の芸術祭実行委員会,2000)
"大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000"(越後妻有大地の芸術祭実行委員会,2001)
"大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2003 ガイドブック"(大地の芸術祭・花の道実行委員会東京事務局,2003)
"越後妻有アートトリエンナーレ2006 大地の芸術祭ガイドブックー美術手帖2006年7月号増刊"(美術出版社,2006)
"公式ガイドブック 大地の芸術祭アートをめぐる旅ガイドー美術手帖2009年8月号増刊"(美術出版社,2009)
"現代美術がムラを変えた 大地の芸術祭"(北川フラム,角川学芸出版,2010)
"美術は地域をひらく 大地の芸術祭10の思想"(北川フラム,現代企画,2014)
"公式ガイドブック 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015"(現代企画室,2015)
"大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018 公式ガイドブック"(現代企画室,2018)
"大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2022 公式ガイドブック"(現代企画室,2022)
"大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2024 公式ガイドブック"(現代企画室,2024)
大地の芸術祭ウェブサイト
Echigo Tsumari Art Field Website
西都市観光協会ホームページ
Wikipedia
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